パラダイム=シフト



「よう。セックスオフェンダー」
 どこかで聞いたことのある声と台詞に顔を上げると、新藤が立っ
ていた。
「一番会いたくない奴は、一番会いたくない時に、一番に会うもの
だな」私は、レバーを背面に向けて新藤に向き直る。新藤は、大仰
に両手を左右に広げて肩をすくめた。
「相変わらず酷い物言いだ。友達だろ?」
「普通の友人は、会って早々、人の一番気にしてることを言わない
ものだ」
「これは失敬。もう済んだかと思っていた」
 新藤は、入るぞ、と言って私の対面に座った。コインが落ちる音
が聞こえた後、画面が変わる。「挑戦者来る」という意味の文面が
現れる。キャラ選択画面。新藤が選んだキャラクターは、隠しキャ
ラ。私が舌打ちをすると、筐体の向こうから新藤が顔を出した。
「どう来る?」
「――殺す」
「出来るかな?」
 新藤がにたっ、と笑った。


 対戦に負けた私は、再挑戦することなく、台を離れた。そのまま
練習中の音ゲーをやりに行く。カードは持って来ていないのでス
タートボタンを連打して、コース選択画面に入る。ビギナーコース。
必ず三曲プレイできるが、逆に言うと三曲しかプレイできないコー
スだ。この上のコースだと、四曲くらいプレイできるらしいが、生
憎と私は、最低レベルすらクリアできないのでビギナーコースの方
がお得だ。
 スクラッチという円盤(これをディスクと呼んで、にわか扱いさ
れたことがあるが)を回して、鍵盤を叩く。
「まだビギナーコースなんだ」
 気がつくと横に新藤が立っている。
「何でいるんだ。まだ終わってないだろ?」
「彼女連れの強い奴に、瞬殺されちゃった」
 ――ざまみろ。私はそう心の中で言って、曲を選択する。取りあ
えず、得意な曲を選ぶ。スピードを二倍にしてスタート。
「いいね。いいね」
 後ろに立った新藤が騒いでいるが無視する。何とかミスなく終了。
ランクA。いつも通り。
「やるじゃない」
「まあな」
 今回は、返事をしてやる。少し気分がいい。
 次の曲は、少し苦手な曲。前に先輩に教えてもらった指の配置を
確認する。
「へぇ。なんかうまい人っぽいね」
「黙ってろ」
 鍵盤を乱暴に叩いてスタート。タイミングが合わない。指を間違
える。散々な結果で終了。ランクD。首をひねる。
「や〜いや〜い。下手くそ〜」
「うっせ」
 三曲目スタート。この曲は、同時押しが少ないので楽だ。恙無く
終了。ランクB。
「おぉ〜」
「うるさいな」
「よぉ久しぶり」
 聞き覚えのある声がもう一つ増えた。振り返ると、安西が立って
いた。その横にいるのは、誰だ?
「新藤。あの女は誰かの知り合いか?」
「誰かってか、安西の知り合い」
「どこから攫って来たんだ?」
 私が聞くと、安西はあからさまに不機嫌な顔をした。
「どうせ中島公園だろ」
 新藤の言葉に彼女が口を開いた。
「違いますよ。同じクラスなんです。私たち」
「へえ」「ほう」
 私と新藤が同時に声を出す。歓声というものだ。安西が満足げな
表情を浮かべた。
「で。身代金目当ての誘拐ってわけか。お前の家は金に困ってない
だろう。早く解放してやれ」
「大人げないぞ。セックソ」
 今度は、新藤が私に突っ込みを入れる。少し理性が薄れてきたよ
うだ。
「セックソって何だ」
「セックスオフェンダーの略」
「黙れよ馬鹿」
 安西と彼女が同時に笑う。この二人はどこまでデキてるんだ? 
気になったが、何とか野暮な質問をするのを抑えた。大丈夫。まだ
理性は残っている。
 安西が筐体の前に立つ。エキスパートコース。やったことがない
のでよく知らないが、きっとエキスパートなコースなんだろう。安
西は、軽々とクリアしていく。ダブルA。先輩並だ。彼女が安西を
見て歓声をあげている。
「貴女もやるんですか?」
「いいえ。でも、凄いじゃないですか」
 まぁ、確かに。しかし、彼女が出来ても安西は、ゲーセンに入り
浸るのか、と私は少し呆れる。私なら、自重するだろう。


 安西はその後もドラムやギターを模した音ゲーをプレイしてから、
最後に彼女と太鼓を叩いて帰っていった。その姿を見送った後、私
は、新藤を飲みに誘った。なんとなく飲まなければやってられない
気分になっていた。
 近くの居酒屋に入る。私は、飲み放題コースと宣言し、つまみと
して軟骨の唐揚げを注文した。レモン増し増しで。
「気が立ってるね。ちんまげ」
「その名で呼ぶな」
「ごめんねぇ。セックソ」
「……ちんまげで良い」
 眉間を押さえる私の顔を、新藤はにやにやと見てくる。こいつに
は俺が苛々している理由がわかっているのだろう。必要以上に、コ
ンプレックスを刺激してくる。嫌な奴だ。
「で、どうしたのかなぁ?」
 新藤は、ジョッキを持ち上げながら聞いてきた。
「いや。リア充は死ねばいい、と思ってな」
「安西のこと?」
「あぁ」
「ふ〜ん。どうせ、ちんまげのことだから、ゲーセンに彼女連れで
来たのが悪いとか言うんだろうね」
「流石だな。その通りだ」
 私もジョッキを持ち上げる。
「で、ちんまげには彼女はいないの?」
「残念ながら。恋情は泡沫と同じ。弾ければ無色の風。俺には、過
ぎた代物だ」
 俺は、精一杯の強がりを言う。
「素直に、振られたって言いなよ。で、この娘だね」
 新藤がいつの間にか俺の携帯電話を勝手に操作している。メール
ボックスでも見ているのだろう。私は、されるがままにする。どう
せ新藤からは、取り返すことは出来ない。
「同じことを繰り返してるし。馬鹿だね」
 新藤は、携帯電話をこちらに放り投げて来た。心底呆れた、とい
う表情をしている。
「どういうことだ?」
「ちんまげさぁ。何で今更音ゲーなんてやってんの? 去年止めて
たじゃん」
「あ?」
「だから、去年ガバチョに振られた後、もう二度とやらねぇって言
ってたよね」
「ああ。そうだな」
 ガバチョとは、高校の時の同級生で、予備校時代迄、親交があっ
た。互いに大学に入ったが彼女は、旭川に行って、離れ離れになっ
た。その夏に私は彼女に振られている。
「それなのにどうして始めたの?」
「……」
「まぁ、いいや。どうせこの娘が、恰好良いよねとか言ったんだろ
うし」
「……その通りだ」
「で、ちんまげはこの娘に振られた」
 私は、無言で頷く。新藤は、完全に私の心を掌握している。
「ガバチョに振られた原因は何だっけ?」
「ブログに変態的なことを書いたからだろ」
 確か、あの頃はそれで新藤やナルに揶揄されていた筈だ。間違っ
てはいないだろう。
 しかし、新藤は鼻で笑った。「だからか」
「は?」
「なるほどね。だから、今回も同じ間違いを繰り返すわけだ」
「待て。今回は、かなり自重している筈だ」
 私は、意味がわからず慌てて言った。
「そうだね。確かに自重している。でも、それは去年も同じだ。い
や、むしろこれなら、去年より悪い」
「どういうこと、だ?」
「簡単な話だよ。ちんまげは馬鹿なのさ」
「な、……んだと」
 私は、拳を握り締めていた。言うに事欠いて、それは理不尽すぎ
るだろう。何よりも意味がわからなかった。
「それじゃあ、いくつか聞くけど。これからどうするつもり?」
「どうする、だと?」
「そう。まだこの娘のことを諦めてないんでしょ。だったら、どう
やってこの娘にアプローチをかけるの?」
「どうやってって、先ずは、彼女の好きなゲームを鍛えて上手くな
る。後は筋トレして肉体改造をする。見栄えを良くする為にな」
「ふんふん。それで?」
「それで? ……そうだな、これで良いかなって時にもう一度告
る」
「そして振られる」
 新藤が即座に付け加えた。私は、むっとして抗議する。
「何故そんなことがわかるんだ」
「何故? いや、冷静に考えてそんなことして、この娘が気を許す
と思う?」
「あぁ。思うね」
「ねーよ。精々、コイツ鬱陶しいな、が良い所だ」
「何だとテメェ」
「まぁ落ち着けって。お前がやってるのは、コピーだ。彼女のコ
ピー。彼女の好きなことをコピーして自己満足してるに過ぎない。
言ってしまえば女装と同じだ。彼女の服を着て、彼女になりきって
いるつもりに過ぎない」
「な……に」
「言い換えるとだ。彼女からすると、あなたは何ですか? ってこ
とだ。お前は、最早お前ではない。彼女の影だ」
「影だ、と」
「ああそうだ。最近、お前、まんだらけ行ってないだろ。半年前く
らいまでは、毎月最低でも二回は行ってたのに。何故だ?」
 いきなり話が変わったので私は面食らった。しかし、答えようと
すると、答えが出てこない。
「簡単な答えだ。その時間、お前は彼女にまとわり付いていた」
「……何が悪い?」
「鬱陶しいんだよ。お前の主体性は何処だ?彼女がいないと何も出
来ないのか?」
「……」
「そうだな。他にもお前は、彼女の好きな小説や漫画やゲームを借
りているな。彼女に近付く為に。下心丸出しじゃねぇか」
「……」
「で? どうよ? 違うか?」
「違わ……ない」
 私は、打ちのめされていた。脳裏にガバチョの最後のメールが浮
かぶ。
 ――あなたが変わっていくのがわかって。
 あれは、そういうことだったのか。


 私は、叫びだしたい衝動に駆られた。それは悪魔の囁きに等しい
が、確かに理に適っている話ではある。むしろ、何故自分は今まで
それに気が付かなかったのか?
 私は、後悔と自失の念に苛まされる。果たして今から改善して間
に合うのか?
「馬鹿だねえ。間に合うとか、間に合わないとかじゃないんだよ。
そこを改めないと、お前には一生彼女なんて出来ないよ」
 新藤はそう言って、居酒屋から出て行った。
 後には、私一人残される。

 私は、ジョッキを一気に飲み干した。視界が明滅する。急性アル
コール中毒の一歩手前。半ば消えそうな意識の中。私は、明日を思
う。


 ――俺は、今何処にいる?



 あとがき

 一ヶ月くらい前に、なんか色々あって書いた作品。
 何となくすっきりした。そんな気がする。
 ちなみに、新藤と安西は実際のモデルがいる。
 どちらも浪人来の友人。
 で、勿論、私のモデルは俺。
 以上、お粗末様でした。