まえがき 2009年8月23日から8月26日の4日間。私は、精神科医 のM先生を訪ねに鹿児島県に行ってきた。M先生は、私の遠い親戚 の方である。親戚といっても、血は全く繋がっていないので本当に 遠い親戚である。しかし、私がこの道に進もうと思った切っ掛けに あたる人物であり、私が慕っている人でもある。 以下、ここでは、M先生と過ごした鹿児島での4日間について書 いていこうと思う。 8月23日 朝6時、札幌。いつもよりも早めに起床する。出発の準備が完全 ではなかった為だ。着替えと荷物をスポーツバッグに押し込み、軽 い朝食を摂る。その後、唐突にウエストポーチを持って行きたくな り、1時間くらい部屋を漁る。発見したのが朝8時、出発の時間。 午前10時、新千歳空港。荷物検査場でスポーツバッグを通す。 ついいつもの癖で、「別に怪しいものは入っていないと思うがね」 と言ったところ、もう一度スキャンされた挙句、中身を全部出され た。余計なことは言うものではない。10時45分、JAL508 便にて、新千歳空港を発つ。 昼12時15分、羽田空港着。千歳‐鹿児島の直行便は出ていな いらしい為、羽田での乗り継ぎ。到着ゲートの番号は覚えていない が、鹿児島行きの飛行機の出発ゲート7番が異様に遠かった。「動 く歩道を使うほど俺は衰えちゃいない」と粋がった結果、老いを痛 感した。疲れた。12時45分、7番ゲートに到着。12時50分、 飛行機離陸。 午後2時40分、鹿児島空港着。宿泊するホテルは鹿児島中央駅 にある。空港からリムジンが出ているらしい。空港内の総合案内所 で確認し、意気揚々と空港を出る。灼熱。気温は30度を軽く越え ている。慌てて日陰を探したが、自分の立っている場所が日陰であ ることに気がつき絶望する。 リムジンバス乗り場を探しに歩いた方向が全くの正反対。何故か、 鹿児島空港には足湯がある。この暑い中、足湯に浸かろうなんて物 好きのやることだ。そう思いながら、足を入れてみた。温い。意外 と悪くない。 リムジンバス乗り場は、出口を出てすぐ左側にあったらしい。暑 さに頭をやられていたのか、それとも眠かったのか。切符を買い、 荷物をトランクに入れてもらい乗車。景色を見ようと思ったが、何 故かカーテンが締め切られていたのでぷよぷよをやることにする。 人並み。 午後4時30分、鹿児島中央駅到着。巨大な観覧車が目印。一先 ず隣接しているホテルまで行きチェックイン。荷物を置いてからM 先生に到着のメールを送る。7時ごろホテルまで迎えに来るらしい。 それまでの時間潰しにと、鹿児島中央駅隣接のショッピングプラザ、 アミュプラザ鹿児島を歩いてみる。雰囲気は札幌のステラプレイス に近い。ちなみに6階には映画館が入っている。映画館に用はなか ったが、その脇にあるタイトーステーションには用事があった。小 銭を用意して出撃。撃沈。何もなかった。やりたいものが。 午後6時。すっかり不貞腐れた私は、ホテルに戻りぷよぷよをす ることに。50分くらいしてから軽くシャワーを浴び、1Fエント ランスホールへ。まもなくM先生からメールが来た。「2Fロビー に着きました」 午後7時30分。M先生と合流した私は、駅前の居酒屋へ。先ず はビールで乾杯する。乾杯の音頭を店員が取ってくれたがこれには、 M先生が閉口していた。「賑やかだな」 とりあえず、ビールとひじきを片付け、芋焼酎ときびなご、黒豚 の豚トロ炙り焼き、馬刺し、鰹の刺身などを注文する。鹿児島では、 畜産以外にも漁業が盛んらしい。実際、きびなごは美味しかった。 お湯割の芋焼酎は、鼻に刺さる。まさに刺激臭。とはいえ、後に飲 んだ冷たい芋焼酎よりも風味があって良し。 アルコールが程よく回ってきたところで、M先生の舌も回りだし た。アフリカでのフィールドワークの話を聞かせてもらった。シ ャーマニズムの研究に行ったらしい。シャーマニズムの話はあまり 出なかったが、アフリカでは生水が飲めないので、その代わりに ビールを飲んでいたそうだ。温いビールを。 シャーマニズムに関しては、日本でも恐山のイタコや沖縄などで フィールドワークを行っていたらしく、その論文も書いたことがあ るらしい。 「日本で僕ほど解離に詳しい人間は居ないだろうね。 何せ目の前でころころ人格が変わるのを何人も見てるんだから」 午後9時。居酒屋を出る。「ここには鳥刺しがない。次に行こう か」というM先生の言葉に「子供は寝る時間ですが」と言ってみた。 そのままタクシーで天文館方面へ。天文館の道外れにあるビルの地 下に鳥刺しの美味いバーがあるらしい。ついでに焼酎も美味いらし い。アルコールを飲みつけていない私は、この時点で少し体が火照 っていたのだが、その後3杯くらい飲んだことを考えると、鹿児島 の気温のせいだったのかもしれない。 バーに到着すると、今度は医者としての心構えの話になった。メ ディアに頻出する医者はどうも信用ならない、ということだ。そも そも、私利私欲に走る医者は許せないらしい。 「君は、私利私欲に走らずに医者を続けられるか」という問いに、 「わかりません」と私。 「その心は」 「まだ医者の卵ですらない自分が、これからどのような医者になる かなど、想像することは出来ません。ただ、少なくとも今の自分は、 私利私欲に走るような真似はしたくはないと思っています。しかし、 これが将来、どうなるかはまた別の問題です」 「あら、そう。ならいいけど。 もし君が将来、私利私欲に走ることになった時は、 僕は二度と君とは口を利かない、と言っておこう」 「覚悟します」 深夜。鹿児島の地下で、医師としての初の誓いを胸に刻まれた。 深夜0時。バーから出る。M先生はここから歩いた方が近いと言 うことで、タクシー代として千円を私に握らせて去っていった。私 は、半ば唐突に胸に刻まれた誓いを反芻しながらホテルへと帰る。 8月24日 朝5時。二日酔いで目が覚めた。シャワーを浴び、鎮痛薬を飲ん でから、ホテル1Fのコンビニ生活列車でポカリスエットと朝食を 購入。朝食は鮭おにぎり2つ。ただし、ポカリスエットが1本飲み 干してから。 朝6時半。それなりに頭がさえて来た頃に、少し駅前を散歩する。 今日の待ち合わせの予定は8時なのでそれまでに酔いを醒ましてお きたい。 朝7時半。大体酔いが醒めたのでホテルの部屋に戻ってぷよぷよ。 時間を潰す。8時頃に、もう一度生活列車へ行き、ポカリスエット を2本購入。その内にM先生が到着した。今日は桜島と霧島に連れ て行ってくれるらしい。 桜島へは、フェリーで行く。もっとも桜島は完全な島ではないの で陸路もあるのだが、鹿児島中央からはフェリーの方が早い上に見 ごたえがある。桜島は活火山なだけあって、現在でも頻繁にも噴火 しているらしい。その為に、山頂付近には草木の類は一切なく、た だ黄土色の地面がむき出しになっている。フェリーが桜島に近付く につれ、その荒々しい姿がはっきりと見えるようになり、なんとも おどろおどろしい様子である。 桜島港にフェリーが到着し、そのまま桜島山麓を巡る。島中に溶 岩が転がり、地面は火山灰で覆われている。随所にある水のない川 のような場所は、すべて土石流防止の為の壕であり、また、各所に 噴火時の避難用の塹壕が造られていた。 車は一路霧島へ。 霧島には神宮がある。霧島神宮。天孫降臨の舞台である。祭神は 天孫邇邇芸命。霧島山中に広大に広がるその神宮は、古代神話の雄 大さを感じさせた。ちなみに、霧島神宮のお守りには天狗の面があ り、これは言わずもがな、猿田彦であると思われる。霧島神宮で参 拝をし、おみくじを引いたところで高千穂河原へと向かう。 高千穂河原は標高970メートル。霧島神宮址のある神地である。 まだ鹿児島の登山のメッカであるらしく、多くの登山道がある。生 憎と私は、登山などしたこともない人なので、霧島神宮址を臨むに 留めた。しかし、その道のりは、十分に厳しい上り坂であり、息が 上がる。上り坂が終わると、険しい石段が控え、その上に鳥居が立 っていた。奇妙に灰色の鳥居。その横にある石柵も灰色だった。石 段横の看板には、旧霧島神宮が、霧島の噴火によって焼失したとあ る。それでは、鳥居の向こうはどうなっているのか、私は、石段を 登り、鳥居をくぐった。 ――音が消えた。 鳥居とは、境界である。神社とは一種の異界であり、鳥居は、現 世と神社とを分かつ境界に位置する。 それを痛感する異界だった。石柵によって正方形に仕切られ、そ の中央よりもやや奥に祭壇がある。さらにその祭壇の中には、一本 の神木が立ち、高千穂峰の双丘を見上げる。 静寂。不埒な喧騒を許さない、厳かな雰囲気が其処にはあった。 霧島神宮の時よりも深く拝をし、私たちは、そこを後にする。 帰りは、霧島温泉郷方面を見ながら、鹿児島空港へ。鹿児島空港 と霧島は近い。足湯があるのもその為であるらしい。鹿児島空港の レストランでカツ丼を食べ、出発。仙巌園へ。 鹿児島といえば、島津である。島津藩の別荘、それが仙巌園であ る。NHK大河ドラマ篤姫のロケ地に使用されたことでも有名なこ の場所は、とにかく広い。そして、眺めが良い。名勝地に登録され ているだけのことはある。ひとしきり歩き、適当に土産物を見繕っ て帰る。あまりの名勝に、私の筆では表すことが出来ない。是非、 一度行くことをお勧めする。 午後2時半、ホテル到着。M先生は、明日からまた仕事なので、 その日は早く帰るそうだ。私は、一度ホテルに戻り、装備を整えて から天文館へ出発した。 天文館とは、建物の名前ではない。繁華街の名称である。札幌で 言うところの狸小路にあたる。アーケードの造型に星座を用いてい ることから天文館と呼ばれるそうだ。昨晩、バーに行くときにゲー ムセンターを発見していたのでそこに向かうことにした。発見。し かし、意中のゲームがない。そして何故かここもタイトーステーシ ョンだった。流石にゲームセンターでテトリスをやろうという気に はなれない。 意気消沈として、歩いていると献血センターの文字が。旅行恒例 の出張献血が出来るのは良いことだ、と入る。そのまま成分献血。 お土産が豪華だった。 その後、腹が減ったので適当なラーメン屋へ。黒豚ラーメンと黒 豚餃子を注文し、食べる。どこからが麺で、どこまでがモヤシなの かわからなかった。残念。餃子は美味かった。 ホテルに戻り寝る。明日の朝は早い。