死神「柊」


 この地域は、数年前から異常なほどに死の雑念が強い。その為に、
数々の猟奇的な事件が発生している。俺は、その根源たる事件を知
っているが、あの黒猫はそのことは知らないだろう。
 とはいえ、その話をするのはもう少し先になりそうだ。今は、目
の前の問題に対処するのに手一杯になりそうだからな。
「さて、彼岸。何故俺に呼ばれたか、わかるか?」
 俺は、目の前できょとんとしている、少年死神(笑)に問いを投
げかけた。今度の相棒は、コイツに決まりだ。みっちりと俺の愛に
満ちた死神教育をしてやろうか。
「いや。わかりません。っていうか、あんた誰ですか?」
 あー、そういや、こいつと直接会うの始めてじゃん――。



   一

 唐突に僕の携帯が鳴った。非通知は着信拒否にしている筈なのに、
非通知の番号だった。怪訝に思って、出ないでいるとその後何度も
掛けてきたので、取りあえず出てみた。
 電話の向こうから、やや怒気のこもった声で、僕を呼び出した。
名前を言わずに、だ。
 僕は、意味がわからなかった上に、間違い電話の可能性も否定で
きないので無視をしようと思ったけれども、向こうが、僕のことを
「彼岸」と呼んだので、間違い電話ではないだろう。
 一度、お父さんに電話をし、どうするかを聞くことにした。する
と、お父さんは、「即行け」とだけ言う。
 僕は、事情を飲み込めないながらも、行けと言うなら、というこ
とで指定された場所へと向かった。
 ――そこは、あるマンションの最上階だった。

「さて、彼岸。何故俺に呼ばれたか、わかるか?」
 その部屋にいたのは、とてもこういった高級な場には似合わない
であろう、男の人だった。これならばいつかの殺人鬼の方が、品が
ある。言い返すと、この男の人は、下品だった。
「いや。わかりません。っていうか、あんた誰ですか?」
 僕は、少し牽制の意味を込めて、ややラフな口調で答える。する
と、男の人は、しまったなー、とか独り言を言い始めた。
「いや、だから、あなたは誰ですか?」
 僕は、もう一度聞いてみる。少し不安になってきた。目の前の人
の頭が。
「あぁん? 人に名前を聞く前に、自分で名乗るが礼儀だろぅ?」
「いや、あなた、僕の名前知ってるじゃないですか」
 ……かなり不安だ。
「そういえばそうだったな。俺の名前は柊。お前とは直接会ったこ
とはないが、この前も仕事を一緒にしている。そう、情報屋だ」
 情報屋。僕が仕事をする時に、自分では調べきれない情報を手に
入れてくれる人だ。この前の事件の時も、確かにこの人から情報を
買っている。
「あぁ。いつもどうもです。で、今日は何の用ですか?」
 この人は、情報交換の全てをメールでやり取りする人で、基本的
に人前に姿を現さないようにしている筈だ。その人から直接呼び出
されるというのは、よっぽどの用なのだろう。
「ふっ。そうだ、そこが本題だ。俺は回りくどいのが嫌いだからな。
単刀直入に言おう。これから、お前は、俺の指揮下で働く」
「……はい?」
「馬鹿か、お前は。簡単な事を言っているんだ。お前は、俺の指示
に従って動くんだよ」
 何を言っているんだこの人は? 死神である僕を、死神外の人間
が動かす、だと。そんなこと、許可される筈がないだろう。
「あなたは、死神ではないですよね」
「だからどうした?」
 柊さんは、心底理解が出来ないというように首を傾げている。死
神という存在を理解していないのか?
「死神以外の存在が、死神を指揮することは出来ませんよ。普通」
「普通はな。だが、ここに一枚の書類がある」
 そう言って、差し出してきたのは、特別措置許可証。お父さんの
名義になっている。
「お前の父親から、お前の使役を許可された。だから、お前は今日
から俺の部下だ」
 僕は、書類を何度も見返した。書類自体に不備はない。名義も間
違いなくお父さんのサインが入っている。僕は、柊さんの顔を見る。
にたにたと笑いながら、僕の方を見ている。
 うん。この人とは虫が合いそうにない――。



   二

 私は、河川敷に座って空を眺めていた。私の横には、今日刈り取
った魂が4つ浮かんでいる。訳もわからずこの仕事に就くようにな
ったが、始めてみると徐々に慣れてきた。職業柄、人の死というも
のに触れていたからかもしれない。死神として人の命を刈ることに、
そこまでの違和感を覚えなかった。
 もっとも、私が始めて人を殺めた時のように、全身を解体する必
要はなく、死神の大鎌などの道具を使って殺すために、その作業自
体は実に簡単だった。とはいえ、その簡単さは、死に対する安楽的
な思考をもたらしかねない。
 実際に、過去の例として、殺しに順応した死神たちが、殺戮を行
ったという話もあるらしい。正に、この街で。
 それはもう何年も前の話になるが、その時の歪みが、今のこの地
域の事件の火種になっているらしい。そう、院長先生が言っていた。

 ちなみに、現在この地区には死神は3人いるらしい。私と、院長
先生、そしてその息子の彼岸くん。後は、三途の河原に行けば、院
長先生の娘の鈴さんもいる。こちら側には3人。あちら側も含めれ
ば4人になる。更に、情報の提供者が1人いるらしい。
 死神でも情報提供者が必要らしいというのは驚いた。

 そして、私は現在、院長先生の指示の下で、一時抜けている彼岸
くんの代任をしている。彼岸くんは、現在、違う件の担当になって
いるらしい。私は、彼岸くんの代わりに人間の魂を刈り、三途の河
原へと運んでいる。

 そろそろ、時間か、と私は立ち上がった。就業時間が過ぎれば、
三途の河原へと行かねばならない。私は、その入り口へと歩いてい
こうとした。
 ――その足が止まる。
 私の背後に3人。見知らぬ男たちが立っていた。

「何の用かな?」
 私は、出来るだけ刺激しないように声を掛ける。体は既に臨戦態
勢に入っている。男たちは、にやにやと笑いながら、私の方に近付
いてきた。
「柊の下っ端だな」
 真ん中の男が私に聞いてきた。
「柊?」
「いーや、知らないならそれでいい。俺たちが見えて、かつ柊のこ
とを知らないってのは、つまり、――柊の下っ端ってことだ」
 ――まずい。
 死神になってから、人間には見えないものが見えるようになる、
という話は聞いていたが、こんな敵意をむき出しの連中が、見えざ
る者たちとは、ツイていない。
 それにしても、柊、と言ったな。
「さて。それで君達は私をどうするつもりだい?」
 私は、少し挑発的に言った。これは少し、面白くなりそうだ。耳
の奥がざらざらする。視界が赤く染まる。そして、全身が上気する。
死神になってから、私は戦闘時に全身の神経が異常に励起するよう
になっている。それは、死と直面した世界に足を踏み入れたことへ
の自衛なのか――。
 視界に、男たちを捉えている。異変を感じたのか、左右の2人の
男が飛び掛ってきた。男たちはその手に手斧のようなものを持って
いる。私は、一歩前に踏み出して、その攻撃をかわす。
 単調な攻撃だった。しかし、殺意は充分に伝わってきた。
「――名前を聞いておこうか」
 真ん中の男が私に問う。
「答える必要などないだろう?」
 私は、懐から得物を取り出した。一振りの日本刀。男も、得物を
取り出す。それは、砲丸であった。男は、それを地面に投げつける。
激しい爆発が私と男の間で起こった。土煙が舞う。
 私は、咄嗟に迎撃の態勢をとった。だが、しばらく経っても攻撃
が来ない。やがて、煙幕が晴れると、そこに男たちの姿はなかった。



   三

 柊さんは、僕に一本のナイフを渡してきた。
「お前の親父から、預かってたもんだ」
 それは、見覚えのあるナイフだった。そして、僕自身も持ってい
たことのあるナイフ。ただ違うのは、その柄のところに、元の持ち
主の名前が刻印されていること、――「黒猫」と。
「……僕は、ナイフは苦手ですけど」
「知るかっ。苦手なら練習しろ」
 そんな無茶な。大体、どうして今頃、黒猫のナイフを渡されなく
てはならないんだろうか。
「さてと。これからお前が殺す相手は、人間じゃない」
「はい? 人間じゃないって、犬でも殺すんですか?」
 つい、無駄口が出てしまう。この人の高圧的な喋り方は不愉快だ。
「馬鹿野郎。そんな訳あるか! 真面目に聞け」
「あぁ、はい」
「いいか。これからお前と俺は、死神を殺す」
 ――死神を殺す? どういうことだ。
「ふむ。目が引き締まったな。じゃあ説明しようか。
 最初に言っておくと、お前たち――つまり、お前とお前の姉だが、
は正式な死神ではない。そして、お前たちの父親も、狭義では、死
神ではない。死神を模して作られた存在に過ぎない。本当の死神は、
もっと性質が悪い。いや、いまや性質が悪い、と言うべきだな。本
来、死神と言うのは、お前たちの知っている通り、魂の管理によっ
て世界の安定を担っている、ことになっている。しかし、そのシス
テムが暴走を始めた。――そう、魂の乱獲だ。お前たちのように、
正式な手段で以って、寿命を削る行為は、問題ないが、現在、ほぼ
全ての死神は、そんな規範を守ってやいない。自由気ままに人を殺
して回っている――何だ?」
「あ、いや。急に色々言われても困るんですけど。っていうか、あ
んたは、死神じゃないのに、何でそんなに詳しいんですか? いや、
そもそもあんたは、何なんだ?」
「……ふん。そうだな。もう伝えても良い頃合だろう。
 俺は、『死神殺し』、死神を殺す死神だ――」



   四

 彼らは、河川敷から遠く離れた場所に移動していた。やはり、三
人は決まった順番で並んでいる。左の男が、苛々とした様子で、足
を動かしている。右側の男は、ファイルのようなものを開き、真ん
中の男は、携帯電話で誰かと通話している。
「妙だ。この地域のHALは、地上に2人。地下に1人の筈だが、
リストに載っていない奴がいる」
 男は、先ほど対峙した男が、リストに掲載されていなかったこと
に焦りを感じていた。リストの更新の合間に相手がこちらの動きに
気付いている可能性がある。――単なる偶然でなければ。
 それに、あの男の臨戦時の雰囲気の変化は尋常ではなかった。ま
るで、殺すことに躊躇いが全くないかのような――そんな獣じみた
様子だった。
 危険である。彼は、その予感をいち早く感じ、急ぎ上に確認をと
っている。しかし、上でも、まだあの男の正体は、把握出来ていな
いようだった。
「……どうする。作戦は続行するのか?」
 彼は、出来ることなら、この作戦の中止を求めたかった。とはい
え、彼にとっても上の命令は絶対であり、それに抗うことは出来な
い。電話の向こうで暫く沈黙が続いたあと、やがて、返答があった。
「――作戦は続行する。その地域の全HALを殲滅せよ」
「……了解」
 彼は、目を瞑って電話を切った。果たして、この戦いで、自分た
ちは生き残ることが出来るのか、いや、生き残るためにはどうすれ
ば良いのか、彼の思考は、今めまぐるしく回り始めた――。



   五

「『HAL計画』というものが、かつて、あった」
 呼び出された私が、父の部屋に行くと、彼はいつも以上に静かに
語り始めた。
「『HAL計画』?」
「Human Above Lord。――神をも越える人間。その頭文字をとって
HAL。そういった存在を作り出す研究が一時期、流行った」
「それがどうしたんだ?」
「鈴。神を越えた人間とは、どういう存在だと思う」
「……想像もつかないね」
 父の表情は深刻だった。私は、その父から発せられた、謎の質問
の意味を考える。
「では、質問を変えよう。
 人間が人間である以上、避けることの出来ないものとは何だ」
「そりゃあ、死ぬことだ」
 私たち死神からすると、当然の発想だ。死というものから人間は
逃れることは出来ない。遅かれ早かれ、人間は必ず死ぬ。その過程
に私たち死神はいるのだから――。ん? 待てよ。
「死神っていうのは、神なのか?」
 言葉として使う、「死神」の中には神と言う言葉が入っている。
まさか、「神をも越える人間」ってのは――。
「その通りだ」
 父は、表情から察したらしい。私がその事実に気付いたことを。
「『HAL計画』は、当初、死神を殺す為に考案された」
「ってことは、私たちも狙われている?」
「……違う。私たちは狙われているのではない、狙っている」
「はぁ?」
 全く意味がわからない。
 しかし、父が冗談を言うはずもなく、その真意は私を動揺させる。
 だが、それを知るのは、まだもう少し後になってからだった。



   六

「あぁ。そうですか」
 僕は、柊さんの言葉に気のない返事を返した。
 馬鹿馬鹿しい。もしも、それが本当だとしたら、僕たちが彼を情
報屋に使うことなんてあり得ない筈だ。
「おい。だから言ってるだろ。お前たちは死神じゃないんだって」
「僕は死神ですよ。確かに人を殺すことはそんなにないですけど」
 そろそろ付き合うのが面倒になってきた。僕は、ナイフだけ持っ
て、この場を立ち去ろうとする。
「仕方ねー。ホントはお前に処分させるつもりだったけど、俺がや
るっきゃねーなー」
 そう言った途端に、彼の背後のガラスが一斉に割れた。
 柊さんは、その破片が体に届く一瞬前に場所を移動している。
 僕は、何が起きたのか理解できずに、呆気にとられて立っている。
その手から、黒猫のナイフが取られた。
「黙ってそこで見てろよ。ボケ」
「な、何が……」
 割れた窓ガラスの下の影が、不気味に動く。その影は、柊さんの
足元に繋がっている。
 ――空気が歪んだ。
 この場に存在しないはずの存在。必要以上の存在感。それは、魂
や寿命をモニターするまでも無く、目に見えるほど圧倒的な雰囲気。
 けれど、その気配は、僕たちと同類で、ただ、それを何重にも圧
縮したかのように、ごちゃ混ぜで、僕は吐き気がした。
「良いか、彼岸。これが死神だ」
 これが、と言われても、僕にはその光景を直視することは出来な
かった。視線が、それを拒む。いや、五感がそれを拒んだ。
「あーあ。鈴ちゃんみたいにはいかねーか。まぁ、仕方ねー」



   七

 彼岸の坊やは、後ろで気絶しちまったみたいだな。これじゃあど
っちが死神(笑)なのかわかんねー。
 目の前の死神(こっちはマジもん)は、見た目を一層ごちゃごち
ゃにしている。黒やら、紫やら、暗い色を混ぜ合わせた色。マトモ
な感性なら、禍々しいとかいうんだろうな、と俺は観察する。
 彼岸の坊やは、この色に中てられたようだ。まだまだ甘いねぇ。
「そろそろ良いだろ。俺には、そーいうのはきかねーよ」
 俺は、一歩を踏み出した。死神の戦術の最初の一手は、多くの場
合、恐怖を植えつけることから始まる。人間は、恐怖に対する耐性
が弱い。今まで感じたことのないような恐怖を与えられると、身が
竦んで逃げることすら出来なくなる。
 死神は、その恐怖を喰らって生きている。今や、魂の管理など二
の次だった。
 俺の言葉で、ごちゃごちゃした死神が形を成す。三人の人型に。
「結構なイケメンじゃねーか。ごちゃごちゃよりもずっと良いぜ」
「それは光栄だ。人間の感性は我々にはわからないのでね」
「気が合うね。実は、俺もそうなんだよ」
 中央の男は、まだ戦う気はないようだったが、左右の男たちが無
性に殺気立っている。既に武器を構え、今にも突撃してきそうな様
子だ。
「で、今日は何の用だ?」
「柊を殺しにきた」
「へー。そいつは気の毒だ。遂行不可能な任務だな」
「やってみるまでわからんよ」
 その瞬間。左右の二人が跳ねた。斧を振り下ろしてくる。俺は、
その軌跡から逃れるように、一歩前に出た。相手が刃物を持ってい
る場合、恐怖感で一歩あとずさるのが多いが、この場合は、一歩前
に移動する方が賢い。あとずさると、相手に距離を詰められたとき
に、簡単に追い詰められるからだ。
 もっとも恐怖を感じない俺には、後退などあり得ない話だ。彼岸
から奪い取ったナイフを構えて、中央の男に突撃する。背後の二人
は無視だ。
 中央の男は、俺の突撃に驚いているようだ。普段、恐怖を感じさ
せる死神には、恐怖を感じない人間のことなど理解できないんだろ
う。そこが最大の弱点だ。
 俺は、ナイフを横なぎに振るう。男は、かろうじて後ろに跳んで
かわす。だが、体には少なからず傷が入っている。俺は、さらに一
歩踏み込んで、突きを繰り出す。後はそれの繰り返し。接近戦では
主導権を握った方が有利だ。相手の体力を削り切り、生まれた隙に
会心の一撃を入れる。それで、充分。
 ――だが、俺は一つ肝心なことを忘れていた。
「そこまでだ」



   八

 突然、背中が凍りついた。薄気味悪い気配。昔どこかで感じたこ
とのある雰囲気。それは、人間にしてはあり得ず、死神しては大き
すぎる気配。恐怖。あの時は、畏怖と表現されてもいた威圧感。
「下がれ。鈴」
 父が、私を肩を引いて後ろに押し退ける。その手には、死神の大
鎌が握られていた。
「これを使うのは、久しぶりだ」
 その表情は、いつもの渋面ではなく、渋いながらも、どこか恍惚
としていた。
 父の大鎌は、彼岸や私が使っていたのとはその大きさが全く違う。
父のそれは、ひたすらに大きく、その鎌を見るだけで、先ほど以上
の恐怖を感じた。
「鈴。よく見ておけ。これが死神の戦いだ」
 大鎌を一閃。空気が振動する。その振動によってか、何も無いは
ずの空間に影が出来る。その影は、どこか禍々しかった。
 私は、意識を一気に吸い取られそうになる。恐怖感が、理性を飲
み込む。それに抗うかのように、意識がブラックアウトしそうにな
る。
 私は、すんでのところでそれを押し止めた。
 
 影は、一箇所に集まり、徐々に形になっていく。
 それは、3人の男だった。3人は横に並んで立っていた。左右の
男は、手に斧のようなものを持っている。真ん中の男は、じっと父
を見ている。
「用件を聞こう」
 父が、真ん中の男に話しかけた。
「あの日本刀の男は何者だ?」
 相手は、素直に返してくる。――戦いは、ないのか?
「あれは、新人だ。最近、拾ってきた」
「そうか。では、用件はそれだけだ。後はお前たちを殺すのみ」
 雰囲気がガラっと変わった。左右の男が腰を深く沈める。
 やはり、戦うのか。
「久しぶりで腕が鈍っている。お手柔らかに頼む」
 そう言って、先に仕掛けたのは父だった。
 大鎌を横なぎに一閃し、同時に、白衣の裾から瓶を取り出す。
 男たちは、大鎌の軌跡をかわしながら、父に接近する。その足元
に瓶が落ちた。割れて中身がこぼれる。それは、――人間の寿命だ
った。
 それは、一瞬で男たちの体内に吸収された。男たちの接近の勢い
は止まることなく、左右の男たちが父に向かって斧を振り下ろす。
父は、それらを大鎌で受け止める。しかし、それでは、胴体ががら
空きだった。
 残りの一人の男が、近付いてくる。私は、父の前に入り込み、サ
ポートしようとした。だが、それを父は、制止する。
「鈴。お前には、まだ早い」
「で、でも――」
 男は、すでに父の胸元まで来ていた。如何なる手段でも致命傷を
与えることの出来る間合い。このままでは、父が殺されてしまう。
 だが、父は落ち着いた声で呟いた。
「特別措置執行」
 その瞬間。男たちの体の中から、幾条もの鎖が飛び出してきた。
それは、激しく音を立てながら、床や天井に突き刺さり、男たちを
固定する。静かになった時、男たちの呻き声が聞こえてきた。
「やはり偽者だったか」
 父は、男たちの首を大鎌で切り落としながら言った。
「い、今何をしたの?」
 私は、恐る恐る父に聞いてみた。自分は知ってはいけない領域に
踏み出そうとしているのではないか、という恐怖と共に――。



   九

「そこまでだ」
 そう言ってきたのは、さっき左右の男たちだった。彼岸を人質に
している。
「あーあ。忘れてたぜ」
 俺は、ナイフを放り投げて、降参のポーズを取る。
「で? どうするんだ。煮るか? 焼くか?」
 俺は、中央の男に聞いた。仲間の機転で状況が変わった男は、渋
い顔をしている。こいつは、死神にしては意外と面白い奴だな。
「惜しいが、このまま殺させてもらう」
「はいはい」
 俺は、素直に首を差し出した。
「恐怖を感じないというのは、死にも適応されるという訳か」
「死なないと感じているからこその余裕でしょ。フツー」
「そうか。人間の考えていることはわかないな」
「そうかい」
 男が、俺の首筋に触れようとしている。……殺し方も正統派だな。
「ところで、てめーらは、本当に勝ちを確信してんのか?」
 俺は、右手を高く上げて、指を鳴らした。その直後、部屋の扉が
粉々になって崩れる。その前に立っていた、二人の男もろ共に。
「な……に……。貴様、こんなところで」
 男は、驚愕の表情でこちらを見ている。
「遅かったじゃねーか。戒」
「これでも急いで来た方だが。柊」
 入ってきたのは、白衣に日本刀を構えた男。俺の古い友人にして、
新参の死神(ただし、例によって死神(笑))だ。
「さてと、どうするよ?」
 俺は、2人を失った男に尋ねた。別にコイツ程度なら殺す必要は
ない。やるだけ時間の無駄だ。まぁ、無駄も人生の楽しみの一つと
言えばそうなるが。戒も、日本刀を鞘に収めている。新参の癖に、
そのセンスは鈴ちゃんや彼岸を遥かに越えている。
 万に一つも、目の前の下っ端死神に勝ち目はない。
「……ここは一旦退かせてもらう」
「ほいほい。どうぞどうぞ」
 俺は、窓から外に飛び降りる男の姿を手を振って見送った。



                   『死神「戒」』に続く



   あとがき

 えっ? いらないって? そんな硬いこと言うなよー。
 ってなわけであとがきです。今回の作品から、新設定が続々出て
きます。いや、出てきてます。何かもう、自分でもどうするんだよ
的な設定がボロボロ。でも、書いちゃったんだから仕方がない。設
定を活かすよ。
 今回の作品の執筆最中にやっと、主要キャラの名前が全部確定し
たっていう。そして、急激に作品中のオヤジ分が増加したっていう。
でーもー、オヤジだとイラストが映えないからー(ナイスミドル除
く)、割と皆さん若作りしてる設定でー。死神になると、見た目が
若返るのー(裏設定)。でもー、院長先生はー、ナイスミドル希望。
 とかなんとか、何も考えてない。
 っていうか、思いの他、字数が増えて、10,000字越えた辺りで、
話を分けることに。そのつもりで書いてたら、ちょうど良いところ
に、キャラクターが飛び込める流れになったので、そんなところで
スパッと、スパッと、終了。
 こんな感じ。
 そして、もう字書きたくねー、とか思ってあとがき書いたら、伸
びる伸びる。やっぱり、創作後の解放感って良いね。解き放たれた
っ、ていう気分になれる。そして、その解放感を味わうために続き
を書くかー。
 ではでは、そろそろ、手が痙攣してきたのであとがきを終わろう
かと、でも、その前に簡単に次回予告。

 次回『死神「戒」』
 お茶目な死神を撃破した柊と戒の前に現われた空中戦艦「ヤマト
トーラス」。お札をばら撒きながら、御柱を放り投げるその奇態に、
柊が正気を失う。意識を取り戻した彼岸の目に映ったのは、無数の
御柱と、そこに鎮座する蛙の神。鉄の輪を振り回す蛙の神に、彼岸
は勝つことが出来るのか!?

 注) 次回作の内容は予告なく変更されることがあります。


 以上。